イ・ビョンホンに浸る日々

ビョンホンssiに想いをめぐらす日々のあれこれを綴っています

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2008/07/07 

CINE21 SPECIAL

  
CINE21 SPECIAL No.659 2008.07.01

1/4 <良いやつ, 悪者, 変なやつ> 撮影現場では何の事が?
2/4 44度炎天下と黄砂願うにもノムノムノムは走る
3/4 [キム・ジウン] 生まれて初めて結婚しなくちゃいけないと言う考えをした
4/4 ノムノムノムの無限挑戦

[記事引用]

<良いやつ, 悪者, 変なやつ> 撮影現場では何の事が?>

あいつたちがいよいよ来る. キム・ジウン監督の <良いやつ, 悪者, 変なやつ>が 7月17日満洲原野で韓国の劇場スクリーンに駆けて来るのだ. 去年 4月7日から今年 1月23日まで 10ヶ月近い大長征を遂行したこの映画は 200億ウォン近い総製作コストと中国ロケ, ソン・ガンホ, イ・ビョンホン, チョン・ウソンの出演, そしてキム・ジウン監督と ‘満洲ウエスタン’ など爆発性高い要素たちが一所に集まって話題を呼んで起こして来た. <さんの21>はこの超大型プロジェクトの実体を把握するために去年 8月中国ドンファングの撮影場を単独で尋ねたし, 去年 12月井邑に調ったオープンセットも訪問した. 勿論, 総 170回にわたった撮影の中でわずか 6回に同参したと言ってこの映画をまともに分かると言うことはできないこと. ただ俳優とスタップたちがのべつ幕無しに流した取ることと浴びせた努力をうかがうことができた観察者の立場(入場)で <良いやつ, 悪者, 変なやつ> 現場の眼科外を紹介する.


44度炎天下と黄砂願うにもノムノムノムは走る
2007年 8月9〜14日, 中国ドンファングの撮影場


2007年 8月9日, 中国ドンファングゴングハング
-‘悪者’たち登場する


“いや, 私どもが何か働く人であると思いますか? こんなにわがまま来て取材をハゲッダニョッ!” <良いやつ, 悪者, 変なやつ>(以下 <ノムノムノム>)のマーケティングを責任負う K 代表が分を取り直すことができなかったように神経質的に物言いをつけて問う. “に… それが….” 言葉がつながらない. 何か気ばたらきある冗談でも投げて状況を兔れなければならないでしょうに, 予想より荒い抗議に頭の中がハイェジンダ. 多血質である彼女はたちところにかばんをひいてはあはあして空港ロビーを経って真夜中の空気の中にくぐったし, 私たち取材陣は重罪を犯した犯人みたいにすごすご後に沿った. 飛行機を二度乗り換えてほとんど一日をぶっ通しで飛んでソウルで数千キロメートル落ちたこちらに到着した私たちが直ちにグバックデギになった事情はこのようだ.

<ノムノムノム>の現場訪問は映画記者なら誰もよだれを垂らす ‘円錐アイテム’だった. キム・ジウン監督がどんなに西部劇を取っているか, ソン・ガンホ, イ・ビョンホン, チョン・ウソンが一席に集まればどんな雰囲気が出るか, 物物しい製作コストをかかった現場の姿はどうかな等々現場に対する知りたい事は一つ二つではなかった. しかし製作陣はめったに撮影場の門を開いてくれなかった. そうする中重大な情報が入手された. 2007年 8月9日マーケティングチームとフォスター撮影チームがドンファング現場に行くのにキム・ジウン監督と懇意な何人の映画人たちもお供するという内容だった. この時をディーデーにしたことはマーケティングチームがあるから現場と足を掛けやすくて, 監督と親しい映画人たちの間につけていれば取材陣もヌンチォングをより少なめに受けるようだったからだ.

もちろんこのプロジェクトには危険負担があった. もし現場で取材を拒否されれば手ぶらに帰って来て会社から受けた少なくない出張費をそっくりそのまま吐き出さなければならないうえ良くない雪道まで甘受しなければならない. それでもマーケティングチームにあらかじめ許しを得ることもできないことだ. 許諾を求めるまさにその瞬間, 巨事は水の泡となることもできる. 結局現地で死後(事後)許諾を求めるのか, きれいにあきらめるのか, 選択はふたつの中で一つだ. 悩みの瞬間, 頭の上で三枝槍を持ったやや小い悪魔がポングして現われたら甘ったるく言う. “実際にそこまで行ったが追い出すのはするか?” OK, クリック, クリック. 航空券は決済されたし, 仕事は戻すことができなくなった. しかし悪魔の言葉を易しく信じてはいけないという事実はドンファングゴングハングに下るやいなや証明された. 取材で何で, プットケアバイトでもして出張費を儲けなければならないか分からないという考えに心が重くなる.

2007年 8月10日, ドンファングシ外郭板村セット場
-‘良いやつ’たちに会う


K 代表は相変らず怒った状態だ. 彼女の鋭い目つきを避けて性格良く見えるマーケティングチームの P 室長にぴったりくっついて哀願の視線を送ったら “一応現場までは一緒に行くのに, 取材可能可否は監督様, 製作陣と相談して知らせてくれる”と言う. これだけでもどこかしながら現場に向ける. バスそば席に座ったチョン・ドゥホング武術監督が “良い, 私がすべて分かってしてくれる”と言うが, 不安に震える私たちを慰める次元の発言なのを分からないところではない. 砂漠を横切って 1時間30分程走ったあげく到着した板村セット場は白い砂丘下側に建てられていた.

こちらは 1930年代満洲を背景にする <ノムノムノム>の主要空間中の一つの朝鮮人貧民村セット場だ. この空間はそれなりの歴史的蓋然性を持っている. 1931年満州の変を起こして満洲地域の権力を獲得した日製は翌年満洲国樹立を宣布して, <最後の皇帝>の主人公プイを見かけだけである権力の座に座らす. 満洲国は ‘五族協和’(五族協和), だから日本を中心に朝鮮, 満洲, モンゴル, 中国の五つ民族が共に睦まじく生きてみようという掛け声を立てたし, 広いマンズタングに対する開拓を奨励した. 逼迫したゾソンタングで苦しんだ朝鮮の民衆は列車に乗って満洲に渡って来て払下げ受けた地を耕作するとか鉄道工事に跳びこんだし, 独立運動家たちも相対的自由を求めてこちらに来た. 1932年 60万名だった朝鮮移住民は 42年 150万名にのぼった位. 結局こちらは新大陸と同時に機会の地である満洲で移住した朝鮮人たちが下品な現実の中でも希望を夢見たタムネナは基盤だ.

しかし今そんな感懐に濡れる立場(入場)ではない. 取材を成功させなければならないという考えにはっと我に返る. 断層と 2階で成り立った安物な木造建物が両方へ竝んだ西部極風セット場の中央ではスタップたちが撮影を準備している. 眩しい日の光に盛り上がった砂漠の空気が朝早くからフクンゴリヌンデもスタップたちは長袖シャツと頭巾, フードなどで全身をぐるぐるくるんだまま機資材を運んでいる. 砂漠だから取ることがほとんど出ない代わりに太陽光に露出すれば全身がフルロドング乗ってしまったら身を最大限選り分けるのが最善だと P 室長が言ってくれる. あの時紫色ジャンパーを着てタオルで頭をくるんだどんな男と目があった. キム・ジウン監督だ. “あ… そう… どんなに来たの?”と彼は言った. ‘よく来たの’でもなくて ‘どうして来たの’でもない ‘どんなに来たの’だなんて. ‘飛行機乗って来た’と寒い冗談をしようとしたが “監督様がとても見たくて来たんです”と歯が浮くおせじを落とす. “うん….” 妙な一言を残したままスタップたちの中に彼は歩くことを移す. 今 <ノムノムノム>の 60回次撮影が始まるのだ. あの時 P 室長が近付いたら “一応見ることは大丈夫なのに写真は撮ることができない”という立場を言ってくれる. 頭をあげてあちらを見たら少しは和らいだように, スタップとからからと笑っている K 代表が見える.

この日撮影はユンテで(ソン・ガンホ)の場面で始まった. 巨人国で扇風機でも使いそうな超大型強風期が帰りながら砂願うことがおこり始めると監督は “レッディー”を叫んで, あの遠くどこかを眺めるテグの姿を後から取り始める. “ビョングホンとウソングイは格好よいでしょう. その友達は顔をクローズアップして取るのに私はご覧の通り後姿や取っていると. ウヘヘ….” カメラ位置を移す間特に細長くなった顔のソン・ガンホが冗談を投げる. 彼は皮ズボンと皮チョッキに ‘からからとが’だと呼ぶヌビゾキを兼ねて着たし, 皮になったパイロット帽子まで使っている. 陰の下でしばらく服をはだけてからアブモスブを取るためにまた日の光下に出る彼を見たら心がじいんと熱くなられる.

午後が始まるとイ・ビョンホンとチョン・ウソンが撮影場に現われる. もう三人の人の本格的な対決が始まるのだ. 良いやつ桃源(チョン・ウソン), 悪いやつ窓が(イ・ビョンホン), 変なやつ泰で, 二世‘やつ’たちは映画初盤部に運命的に擦れて行く. 馬賊団親分チァングイは金辧主という親日あいさつから内容をわからない指導を手に入れなさいという指示を受ける. この指導は金丸という日本人の手にあるのに, チァングイは彼が乗っている汽車を止めて地図を奪おうと思う. ところでこの汽車には列車強盗テグが乗っている. テグは乗客たちの金品をはたいてうかうか指導を手に入れるようになる. 一方チァングイを取るために汽車に乗っていた懸賞金狩人桃源は汽車を止めたチァングイを見つける. この時から地図を握ったテグと彼を追う窓が, チァングイを追う桃源の変えて変えて追撃戦が始まる. 朝鮮人貧民村は多くの箇所を回ってお互いに追って追い回された 3人の主人公が遂にまた会う空間だ.

桃源が小さな木馬に座って二人を眺める場面で始まった午後撮影は時間が経つほど手に余るように感じられる. 熟す日ざしに皆がへたばる. カメラと照明をセッティングする度にスタップと俳優たちは陰の中に埋めて一度に呼吸して水を飲み干す. イ・ビョンホンの撮影が始まった 5時30分になってからこそ日ざしの力が少しずつ落ち始める. 日が完全に落ちるのは午後 9時位だが 7時30分位だけなっても太陽光線が他の雰囲気を出すせいにもう撮影は末成りであるわけだ. スタップたちは撮影を整理する時間にあると活力を取り戻す. つらい一日仕事がクッナソだったり, 暑さがドルヘジョソギもしたがスタップたちを楽しくしたことは何より翌日が休日という事実だったはず. 中国で撮影を始めた 7月中旬以後一日も休むことができなかったまま一ヶ月近くズルチァング働かなければならなかったスタップたちとしては一日の休息がそのように切迫したようだ. 撮影を終えて “お疲れさまでした!”と叫ぶスタップたちの声が大きく力強い.

2007年 8月12日, ドンファング外郭板村セット場
-‘良いやつ’たち, ‘悪者’たちを受け入れる


二日の前だけでも顔をしわくちゃにしていた写真記者 Sの表情が明るい. ‘写真撮影不可’というくたびれることが解けたからだ. 去る訪問の時写真装備を持つことだけして通わなければならなかった Sは現場に到着するやいなやカメラを初めて取って見る子供のようにしきりにシャッターをヌルロデンダ. 一日の休息はスタップたちだけではなく取材にも活力を与えたわけだ. 二日の前午後から徐徐に和らぎ始めた K 代表の怒り(?)は休息の日を迎え完全に解けた. 昼にはドンファングの名勝地であるマックゴグルと違うセット場を行き交って, 夜には素朴な酒席で異人組でしきりに胡麻をしたのが食われたようだ(“どうしてあまり老けないですか?” または “どんな化粧品を使うのに肌がそんなに良いですか?” 等々). お供した L監督, O代表, L代表などの支援射撃ともしかして持って来たベルナールもベルトルルチの <1900年> 米国版 DVDをキム・ジウン監督に ‘供え物’で捧げたことも役に立ったようだ. この嬉しい消息をソウルに伝えると N編集長は “うん, そう? よっかたね”と無情に言う. 二日の前と別儀ではない反応だ. 状況がこんなに良くなくてあのように悪いと骨惜しみを使った時も N編集長は “うん, そう? よくできるの”と平気に言った. 院さて, 拍子ちょっと合わせてくれてはいけないが.

雲一点なしに真っ青な空が恐ろしく感じられるにも一日を五十スタップたちは活気に満ちるように動いた. 午前分量の終わりはイ・ビョンホンが言葉で降りた後テグと桃源を向けて徐徐に歩いて行く場面だ. 延期を準備したイ・ビョンホンが監督と頭を突き合わせて話を交わす. キム・ジウン監督は “それでは二つのバージョンで取って見ます. 一番目はテグを眺めながら行って, 二番目は自分の(イ・ビョンホン) 感じどおり行って見てください”と言う. ‘監督バージョン’ 延期が終わった後 ‘イ・ビョンホンバージョン’ 延期が始まった. 一番目テークを取った後モニターを見ているイ・ビョンホンが “もう一度して見たら良いんですが”と言う. すると後に座っていたソン・ガンホが “何をもう一度やって? 完璧なのに”と言いながらプハハ笑う. 彼の言葉に炎天の日差しの下にまた出ようとしていたイ・ビョンホンとだと身をぽんと曲げていたチョン・ウソンがにやりと笑う. ストレスと緊張が一杯な現場に余裕のある笑いを吹き入れることはやっぱり雰囲気メーカーソン・ガンホの分け前だった.

砂漠の虚飢は早く尋ねて来る. 午前撮影が終わると韓国スタップたちは韓国から連れられたコック長たちが調えたお昼を食べるために巨大な ‘食堂天幕’で向けて, 中国スタップたちは中国式食事が調った他の天幕で足を運ぶ. 韓国スタップと俳優だけ 100人余り, ここに中国スタップまで加えれば全体スタップ数価 300人から 400人を行き交うと言ったらご飯を調えることもすごい事だ. 食事を終えたスタップたちが続々とセット場の建物内部や陰の下で軸垂れる. キム・ジウン監督は “昼食終わった後は一番暑い時だと能率も上がらなくて機運も出なく 1時間半ば休むようにする”と説明する. 彼はマラソンコーチみたいにスタップと俳優たちのペース調節に気を使っているようだ.

午後撮影は遅くなっている. “今 44度という.” キム・ジウン監督がむなしいという顔をしながら言う. 中国労動法は気温が 40゜Cを超えれば労動を禁止するように規定されているというのに法門制ではないとしても撮影は易しくないようだ. スタップたちに冷たい生水を配って暖かい生水病をアイスボックス中に入れる製作チームの手助けも忙しくなっている. 一日に消費する生水も 1千兵に迫る. キム・ジョンファプロデューサーは “最高記録は一日 1700本だ. この日食事後飲んだ水まで加えれば 2千兵は充分にかかった”と言う. 彼の言葉にかばん中にクングチョドン余分の生水病が思い出して急に足が痺れる.

2007年 8月13日, ドンファング外郭板村セット場
-‘良いやつ’たちと ‘変なやつ’たちの呼吸


朝早くから空がいっぱい曇る. 1年降水量が 33mm 余り(韓国は 1000mm 以上)というこちらで雨を見物するかも知れないという期待を持っている途中叔母ヶ撮影監督の天気のように暗い表情を見たら自然自重するようになる. 彼は “普段の光線がとても強くて曇った日に取った分量と合わせることは易しくない”とため息をつくように言う. 7月中旬自慰官という所で汽車脱走場面を撮る時も三日ずっと雨を迎える ‘事件’を経験した <ノムノムノム> チームとしては曇った天気が有り難くないしかない.

テグが持った地図を追うまた他の組織人三国派の村濃い立身を取りながらもしきりに空を眺めたスタップたちは天気が晴れるとボディーコントロールが早くなる. 朝鮮, ロシア, 中国人に構成された三国派は部隊長ビョングツン役を引き受けたユンゼムンを除いては不慣れな顔たちだ. 名前程多国籍俳優たちに構成された人々は服やヘアスタイルもまちまちだから確な寄せ集めの印象を与える. 三国派が弾 10ヨピルの言葉とジープ, バイクが同時に早い速度で村真ん中をパスする場面を準備するのにかなり危なく見える. カメラ 3台の中で 1台は言葉が聞く道に出て座ったし叔母ヶ撮影監督はその後に立って他のカメラを持って取ろうとする態勢だ. 彼は “言葉が危ないじゃないです. 人を避けます”と余裕のある顔をほころばしたが, 言葉ががたがた過ぎ去る姿を想像したらくらっとする. シュートに突入すると “チォウ(走), チォウ” する掛け声とともに言葉の行列が速度感ありげにカメラを度が外れる. 監督の “カット”というサインが落ちるとスタップたちががらがら飛び出して撮影チームの安全を確認する. 幸いにもほこりを被ったこと以外に別に異常はなさそうだ. すべての俳優たちが馬に乗ることだけはかなりのスタンドマン以上の技倆を持つようになったといったが, 撮影チームもスタンドマン位の度胸を持つようになったようだ.

村に入って来る三国派中一人がチァングイがうった鉄砲を当たって落ちる場面も胸を気遣うようにした. 生きている言葉と生きている人々がまじわるこの場面が製作陣わがままになるはずがない. 横にいた言葉とぶつかってスタンドマンが底に落ちることができないとかイ・ビョンホンのうつ鉄砲が激発されないなど統制されない変数たちが続出するとキム・ジウン監督は困り果てる姿だ. しかし “カット” 信号が出るやいなや馬の蹄に踏まれやしないか底に落ちたスタンドマンの身を自分の身でくるむ仲間スタンドマンたちの姿は変な胸を打つ. <ノムノムノム>が実感の出るアクションを盛っていたら相当部分はこれらの骨を惜しまない勇気とねばねばする友情, そして堅い責任感で起因したことであろうだと.

2007年 8月14日, ドンファング外郭板村セット場
-‘悪者’たち, ‘良いやつ’たちと別離を告げる


ドンファングに到着した以来最悪の天気だ. 前日午後にはすごい黄砂願うことがフランス語ドンファングシ全体をくるんだ. そういえばこちらは黄砂の発源地の中で一つだ. 春にハンティングのためこちらを訪問したという一スタップは “黄砂のため一寸先が見えないことは勿論で荒々しい風にとびらと瓦が飛び回していたよ”と言う. 黄砂は静かになったが, ぶすっと突けば雨粒をこぼすような空のため製作陣は午前から撮影進行可否を悩んでいた. 俳優たちが素顔と常衣身なりで座っていることもそのためだ.

結局製作陣は建物爆破場面を撮ることに決定を出す. この朝鮮人貧民村には三人の主人公と三国派だけではなく日本軍と朝鮮独立軍まで時間差に進入するようになる. このカオスみたいな状況で泰で, 窓が, 桃源などは村越しの大平原にくぐってナツメ激戦を広げるようになる. この貧民村は結局大平原に進むための跳躍店と同時に 30年代満洲の矛盾が一所に集まった結節店でもある. この日取るようになる分量は日本軍の砲弾に当たった建物が裂けて人が飛んでしまう壁で倒れる場面だ. ここでは言葉ダミー(dummy, 模型)が使われた. 特殊效果の達人たちであるセルが製作したこの言葉ダミーはつやめく毛ときらめく目は勿論で血管まで実感の出るように描写された. 撮影が始まると建物爆破と同時にレールの上に乗りこんだ言葉がドルルころがって行ったら壁にきゅうっとめりこむ. 監督のOK死因以後台無しになった言葉をひいて出るセルチーム員たちの姿はペットを応急室に積んで行く主人のエチォロウムさえ盛っている. 爆破される建物の内にあった人が爆発力に飛ぶ場面, 爆発音に夕焼けと言う言葉が興奮してそこで落ちた人が壁をくぐって落ちる場面などを取った途中日がまた出ると製作陣は待ちくたびれて宿所に帰ったイ・ビョンホンをまた呼び出して撮影を再開した.

“お疲れさまでした”というスタップたちの喊声とともに撮影が終わると K 代表がスックのそばに来たら “どうでしたか?”と親しく問う. “に… それが….” 最後のナルイラソだったのか頭の中が複雑になる. 考えを整理するために頭をあげるからあの遠く砂漠の地平線にして行って落ちている. 昼と夜の境界である ‘マジックタイム’が始まるのだ. 魔術, そういえばそれでなく他に説明するあてがない. こんなに無理して <ノムノムノム>の現場を尋ねたこともこの映画の魔術がどうにさせられるのか確認したかったからではなかったのか. 絶望的だった瞬間も魔術のようによく解けた. ところでいざ口から飛び出すのは無茶な言葉だ. “ありがとう. 会社で追い出されないようにしてくれて.” ドンファングでの最後の夕陽の作り上げた影たちがからからと笑っていた.

蛇足- 良い, 悪い, 変な結末

製作陣は最近衝撃的な実は一つを伝えた. 私たちが取材したこの現場が編集過程でほとんど飛んだという話だった. まったくもう. テグと窓が, そして桃源が西部劇の一場面のように素敵に代置するとかスタンドマンたちと俳優, スタップたちが身をドンジョがであり見せてくれた爆破場面や疾走場面を映画では見られないのだ. よし, 悪くて, 変な気持ちの中で考えて見れば必ず悪がる事だけもない. DVDが出る前までこの場面たちは汚職 <さんの21>を通じて見られるのだから.



[キム・ジウン] 生まれて初めて結婚しなくちゃいけないと言う考えをした
中国ドンファング撮影場で会ったキム・ジウン監督


キム・ジウン監督とのインタビューは 2007年 8月14日撮影を終えた後宿所であるホテルロビーで成り立った. 当時には今年旧正月が封切り目標時点だったはずでキム・ジウン監督は巨大な重圧感に苦しんでいるようだった. そのためインタビューを憚った彼は仕方ないというように言葉を始めたが, 興奮と緊張まで隠すことはできなかった.

-中国撮影はどんなに進行されているか.
=中国には自慰官に 7月16日に越えて来て 17日から撮影をしようと思った. 自慰官と言う(のは)所に二日連続雨が降るのが 1年に 1番(回)位だというのに 17日から 19日まで三日連続で雨が降った. それからは黄砂が群がって来たがあまりにも細書身がひょろひょろしてカメラを突き付けることができない位だった. もうここ来たのもひと月がドエがヌンデ中国大陸という所が易しく外地人を受け入れないようだ. それで神霊に祈った. 一度は韓国式で, 一度は中国式に執り行なったが嘘のようにその次から天気が好きになった.

-暑さが最大の敵中の一つのようだ.
=気温が攝氏 40度を上回って高い高度のため空気が少なくて大変な状況なのに, モニターは陰にあるから他人達の感じる位暑さは分からない. (笑い) お昼食べて充分に五十次に撮影をすることも長距離レースにふさわしいペース調節のためだ.

-与件が難しいのに敢えて中国で撮影をするようになった理由は何か.
=満洲が背景だから中国大陸を尋ねたことは当たり前ではないか. そして開けた原野を見る時何か回復させてくれるのがないか. どんなエネルギーを受けることだが, そんな原野と広野という背景が欲望と希望と夢を捜して疾走する人々の話を広げて見せるのに相応しいという考えをした. その中で映画を撮りながらこぼさなければならない力がおびただしいがその空間が私たちを回復させてくれるのが大きいから效果があるようだ. ここ来てはしきりにそんな考えをするようになる. 私たちがいくら大自然の前でしがない存在人家と. そしてその自然とむやみにぶつかって見たい感じも持つようになった. 当時満洲という大自然を歩き回った人々の気迫と気象と活力を映画に移したい欲求がもっと強まった.

-俳優たちの服や調えることが独特だ. 構成員も多国籍で.
=実際当時満洲には馬賊団があった. 全体が数千名になる所まであった. そこには朝鮮人, ロシア人, モンゴル人, 朝鮮人, 中国人などがあったし. 彼らの伝統衣装そのものが多国籍だからそんなことを土台で無国籍, 無視対敵, SF的な感じを付与した. 当時写真見れば人々のファッションはかなりスタイル里の時した. そんな記録を土台で想像力を加味した.

-撮影する姿を見たらカットもとても多いようで多様なアングルを試みていたよ.
=西部劇だと言えば, ゾーンフォードやハワードホックスのようにスタンダードしたアングルとフレーム, カッティングで成り立った映画があって, 遅いが瞬間的に揮発性ある極端的クローズアップを見せてくれるマカロニウエスタンもあって, 暴力の純粋娯楽的で純粋美学的な要素を強調する泉ペキンパの映画もある. これを皆含んだのが ‘オリエンタルウエスタン’ではないかと思う. 鉄砲と刀などさまざまが出る. カットをたくさん分けるのは三名の主人公を立てるからでもある. カメラをソン・ガンホに与えるのにイ・ビョンホンを与えないことができなくて, そのようになればチョン・ウソンを与えない数オブザンニャ. (笑い) 一人ずつ力が強い姿を見せてくれようとしたらカットが多い. 速度感も重要だ. たぶん私の映画の中で一番速度感ある作品になるようだが, 大陸を向けて, 夢を向けて果てしなく疾走する人々の話だから速度が必要だ. とにかく新しい素材とビジュアルを試みるという点のため大変だが幸せだ.

-現場からシナリオをずっと直していると言うが.
=私にシナリオはこんな話すという位の下図だ. 特にこの空間へ来てアイディアと考えが変わって新しくできる. 周辺に意見をたくさん問って見て. これがもっとおもしろいか, あれがもっとおもしろいか. 絶えず編集して俳優たちも見せてくれながら反応を聞く. そうするだろう私はもっと大変だ. 夜 9時頃宿所に入って食事すれば 10時で, 編集をすれば 2時間, 長ければ 4時間までかかる. そういえばこれといったすべきこともない. 韓国では分からなかったが中国では私が一人ぼっちだったよ. (笑い) 仕事もと言わなくてはならない.

-ソン・ガンホ, イ・ビョンホン, チョン・ウソンという三人の俳優と一緒に作業するのはどうなのか.
=大概の映画は主人公が 2ミョングイザンナ. 主人公 1人をもっと入れるのがこんなに大変なとは分からなかった. 3編を同時に取る気持ちだって. 実は国宝級俳優たちなのに, とても大きい俳優たちだから一緒に作業するのが幸せ夏至だけもなかったよ. (笑い) それでもみんな作品に対する愛情があんまり大きくて相手をたくさん神経使わないようだったよ. 主演三名と幾多の助演たちが睦まじく過ごしている. そして主人公が 3名のお陰に ‘画面がこんなに豊かなことがあるね’ と言う考えもする. A 台 Bの対立港に Cをどこに置いてバランスをマッツかによってとても楽しさが生ずる. どう思えばそのバランスは私が作るのではなく三人の人と空間, 所在, スタイル, 内容と主題, 参加するスタップたちがお互いにパズルのように相棒がそうたち御けと自然に作われるようだ.

-普段エスプレッソコーヒーを口につけて暮すのに喉の渇きはないか.
=あ, 一番不便なことがそれだ. (笑い) さすがに中国から来ながら生れてはじめて結婚しなくちゃいけないと言う考えをした. この前にはかばんを包む心が軽くさわやかだったが今度は重かったよ. (笑い) 私も頼る人が必要だという気がした. まだ女はいないのに来年(2008年)には結婚するはずだ. (笑い) そのため <ノムノムノム>がよくできなければならないのに… くすくす.



ノムノムノムの無限挑戦
2007年 12月12日~13日, 全北井邑グィシザングオープンセット


こんな所にセット場があるなんて. 田の間に私は小さなペーブメントに沿って何百メートル入って行くまでにしても ‘また汲む過ち捜すね’ たかったが, 中方へすぽっと入って行ったら嘘のように広い空所が出る. 2007年 12月12日全北井邑市泰仁面朴山里の 3千坪余りなこの空所には <良いやつ, 悪者, 変なやつ>(以下 <ノムノムノム>)のまた他の主要空間であるグィシザングオープンセットが調っている. 外から見る時はだだっ広い骨組だけが高高と立てられているこちらの内部に立ち入ったら完全に別天地が開かれる. 狭くて曲がりくねったような路地を向い合って 2階, 3階の建物がきちきちに密集されていて, 各建物の内にはあらゆる品物が一杯に立ちこんでいる. 西部劇の主舞台のように表通りを間に置いて単調な建物がずっと立てられたドンファング貧民村セットとは本当に他の雰囲気だ. こちらは汽車から降りた泰で(ソン・ガンホ)が地図を持ってスムオドは所だ. そしてこちらに地図を追って窓が(イ・ビョンホン)と桃源(チョン・ウソン)が現われながらあらゆる衝突も不可避になる.

144回次撮影の盛りのスタップたちは相変らず疲れる気配だったが決勝点が目の前にちらちらし始めたおかげさまなのかどうにかこうにかして耐えているようだった. 12ワルチゴン暖かい映像の気温だったが, スタップたちが服類で全身をぐるぐる巻いていることは 4ヶ月の前と同じだった. 今度は毛裏とジャンパー, マフラーとトルモザという違いはあったが. それに雨がじゃあじゃあ降る設定のため一部スタップたちは雨着まで着けている. 服に関する一勝者は断然ソン・ガンホだ. 攝氏 40度の気温を厚いあわせで耐えた彼は今 “人生と言うのは誰も分からなくて”と寒さを楽しんで(?) ある. 一方一番薄い服で夏を過ごしたイ・ビョンホンはこの冬が早く過ぎ去るのを待ちこがれているでしょう.

2007年 12月12日午前
-名射手カウボーイ桃源のアクションは?


午前撮影の主人公はチョン・ウソンだ. 取材陣が初めて接した場面は桃源がチァングイの連中を避けて建物の上にぶら下げられた綱をわたって 2階に上がる姿だ. 単純な滑車原理を利用したことだが竝びを繰り上げるスタップたちの正確なタイミングが重要だ. クレーンにぶら下げられた撒水期で悲歌じゃあじゃあ振り撤かれる中に撮影が始まると竝びが引かれてチョン・ウソンがズウック上がる. この時一手で入った長銃でポング, 一歩を発射するセンスまで. 身が長くてそうか彼の動作はすべて凉しく感じられる. チョン・ウソンの演技する桃源は動物だか現象手配犯でもお金になることはなんでも狩る名射手だ. 素敵なカウボーイ身なりの彼は狩人らしく長銃を愛用する. ドンファングでチョン・ウソンのニックネームは ‘中国専門俳優’ または ‘乗馬得意俳優’だった. <無事> <中天>を通じて長い間中国現場を習って来たし言葉が上手に乗ることができるようになったからだ. 一手で手網を取ったまま他の手でシャッゴンを回して装填する延期を見せた時は女性スタップは勿論で男性スタップたちの心までどきどきするようにしたという裏話だ. そういえば微細だ震える彼の真黒い瞳を見て吸い込まれない人がどこにあるか.


2007年 12月12日午後
-テグのアクションはザンゼミ?


午後撮影はソン・ガンホの独り舞台だ. 空に飛んでしまった桃源を見ながら荒てるテグの姿を取らなければならない. 桃源から鉄砲を奪われたテグは決死的だ. そういえば西部, いや <ノムノムノム> の中満洲でチォングオブが歩き回ったら管をあぶ担いで通う体たらくではないか. 3台のカメラが映られる中にソン・ガンホがぼやっとする表情で “やあ, 桃源が! どこが!” 欠点スタップたちはクック, 噴き出す笑いを詰めるために精神がない. ひととき居酒屋で使われた建物の内でモニターでソン・ガンホの演技を見ているキム・ジウン監督もプハッ, してしまう. しかし延期は延期であるだけだというように監督のOKサインを受けたソン・ガンホは暖炉の前で身をとかして例の真摯な態度で言う. “テグは悽絶な遊ぶことだ. 他のやつらも悽絶ではあるがテグは一番悽絶に生きて行く人物だ. テグのアクションは桃源やチァングイのようにジャンル的アクションというよりキャラクターに付け出す面白いアクションが多い. この映画の最大の長所と同時に伝統的西部劇と差別される点も多様なキャラクターの残在米価あるという点だ.” アハそうですね, しているのにおごそかで静かになる雰囲気がぎこちなかったのかソン・ガンホは以内 “あ, 監督様, 殺さないですか? ハハハハ…” しながらモニター方へ席を移す.

2007年 12月12日夜
-精巧な殺人機械チァングイのアクションは?


夜撮影の英雄はイ・ビョンホンだ. チァングイは地下アーキードを連想させる反地下空間でグィシザングを守る連中の多くの相手とマッザングを外すようになる. “チァングイは雑草のように強い生命力を持ったテグと違い生をあまり思わないやつ”と撮影を準備したイ・ビョンホンが言う. “勝つことのためならすべてのものをすべてかけることができる, 勝つのが暮すより重要な友達だ.” 鉄砲と刀を皆よく使う窓だが主特技は刀だ. 彼は短剣で多くの人をいっぺんにやっつけることができる “精巧な殺人機械みたいな感じ”(チョン・ドゥホング武術監督)の持ち主だ. しかし彼の大事にする短剣が他の異意太ももにめりこんでいる状態だとチァングイは今日アクション場面で手につかまることをいい加減にかかってグィシザング連中に対抗しなければならない. その中でも相手の顔を石炭ドルが燃えている火鉢ににじて入れる場面は今日のハイライト. “悪役することはとても新鮮だ”と言うイ・ビョンホンは “結局皆が悪いやつだ”と言う. おもしろい点はソン・ガンホも “悪い遊ぶことと良いやつもどう思えば変なやつだ. それで初めてシナリオを見る時変な奴が誰だか分からなかった”と言ったという事実. そういえば世の中に絶対的に良いやつと悪い遊ぶことと変な奴が別にあるか.

朝から夜までつながる撮影が終わって行きながらキム・ジウン監督の緊張も徐々に解ける雰囲気だ. 取材陣がちょうど到着した時にはいろいろ被害通った彼はもう私たち方へスック近付いて “見るからどう?”と優しく問うまでする. それに現場編集記事と一緒にこの場面あの場面をイオブッヨボと取材陣に慇懃こっそり自慢もする. 甚だしくはこんな場合も. 夜が深くなりながら最初日帰り日程で現場を尋ねた取材陣がソウルに上がろうと思う瞬間, かなり低い声でキム・ジウン監督が言う. “どうしてもっとあるの? 明日おもしろい場面があるのに見て枝.” ホストの招待を厭う理由があるか. 大部分の取材陣がこころよく同意してまたヌルロアンヌンダ. ところで彼が一日もっとありなさいとしたことは本当に翌日場面がフングミロウォソだったろうか, ではなければウェロウォソだったろうか. 一人きりモニターをじっと眺めているキム・ジウン監督の後姿が特に寂しく見える. やっぱりこの監督, いやこの男, 本当に結婚をしたりしなければならないようだ.

2007年 12月13日午前
-熊, テグをとばしてしまう


12月13日午前, キム・ジウン監督が自信感を見せたまさにその場面が撮影準備を終えている. その会心の場面は一建物の入口に入って行こうとするテグをチァングイパの 3人者である熊が投げてしまって, テグの体がぶうん飛んで木造壁がこなごなに壊れる神さまだ. 熊を演技するマドングソックは前日夜ビール集でソン・ガンホが主観した酒席で会ったはずだ. 前日にはギザテがナッソルオソだったのか静かにメックズザンだけ留守にした彼はもう凄まじい怪獣で変身していた. 山ほどの図体と奇怪した服とヘアスタイルの不調和が彼の野獣性をもっと引き立てる. 撮影が始まってマドングソックがソン・ガンホを投げると木造壁ががたがたほこりを出しながらこわれる. この場面はワイヤアクションを利用して撮影された. ソン・ガンホを投げつける場面とワイヤをつけたスタンドマンを後からぱっと引っぱって壁がこわれる場面を別に撮ってイオブッイは映画の魔術を利用したこと.

ウワー不思議だ, やっぱり悲壮の場面だね, する表情でキム・ジウン監督を見たら彼は感動ない表情でエーディーと武術監督に “もっと早く, もっと高くしたら良いだろう”と言う. ‘より早く, より高く, より降下なの’(Citius, Altius, Fortius)という近代オリンピックの標語を連想するようにする彼の注文を聞いてからこそ <ノムノムノム>とオリンピック精神の関係がかなり深くないがと言う, 無茶な気がする. 自分の限界に挑戦することで人間をワンソングシキョガンダはオリンピックの以上や監督, 俳優, スタップたちが自分の限界を越そうと努力しているこの現場や同じでないか. 昼食を終えてオグルオグル集まって楽しいぺちゃくちゃしゃべるスタップたちだけはメダル色で評価を受ける現実のオリンピックと違い自分たちがした無限挑戦をそのもので充分に思うように見えた.


 

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